2021.06.21

時代を超える能力育成:40年前だったら、そして40年後だったら

執筆者プロフィール

諏訪 康雄(すわ やすお)
法政大学名誉教授

法政大学社会学部専任講師、助教授、教授、大学院政策科学研究科教授を経て、2008年同学大学院政策創造研究科教授。2013年から現職。労働政策審議会会長など、政府審議会等の委員を歴任。中央労働委員会会長も務めた。専門は労働法・雇用政策。

経済産業省が2006年から提唱する「社会人基礎力」の策定、「キャリア権」の提唱や、「テレワーク」の推進策など、現状の雇用システムの枠にとどまらない、新時代の政策コンセプトを構築してきたことで知られる。

 

もしも「40年前」だったら

コロナ禍は、間違いなく、10年分かそれ以上の速度でデジタル社会化を進めました。テレワーク(リモートワーク)の強制的な活用、書類にハンコといったアナログ慣例の見直しなどがあっという間に進んだり、懸案であったデジタル庁の新設がもたらされたりといったように、です。

でも、時計の針を1世代分以上、今から40年前に戻してみましょう。もしそのころに新型コロナのパンデミックが起きたとしたら、どうなったと思いますか。業務処理の面だけを考えてみても、現在どころではない大変な事態が起きていたことは、容易に想像できます。

1980年は、日本における「テレワーク元年」でした。同年に刊行されたアルビン・トフラー『第三の波』は世界的なベストセラーとなり、欧米で試みられ始めていた「在宅勤務」の紹介とその将来展望が日本でも世の関心を呼びました。

でも、すぐに社会的な広がりをもつには至りませんでした。理由は「テレワーク・インフラの未整備」。主なものを列挙すると--

まず技術面で、
①パソコンがまるで普及していませんでした。
②インターネットもまだ準備段階でした。
③携帯電話さえもまったく普及していませんでした。
④FAXは企業にあっても、一般家庭には入っていませんでした。
⑤宅配サービスもヤマトの宅急便が1976年に生まれたばかりでした。
⑥会社業務の書類・資料は、当然、紙媒体のものばかりでした。

つぎに仕事慣行の点で、
⑦ジャパン・アズ・ナンバーワンとして日本的経営、日本的仕事慣行ばかりがもてはやされていました。
⑧相対(あいたい)でヒザを突き合わせてコミュニケーションをとる方式がどこでも不可欠とされていました。
⑨個々人の仕事の守備領域がはっきりと区切られていなくて職場単位での集団作業が普通でした。
⑩成果をみるよりもプロセスや労働時間で評価するのが一般的でした。

社会の動きでは、
⑪一般の学校教育には情報機器活用や情報教育などありませんでした。
⑫会社も学校もみんなが毎日、顔を合わせて仕事や勉強をすることが必要と考えられていました。
⑬伝統的な労働時間の法規制には在宅勤務を困難にするものが多々ありました。
⑭少子高齢化がまだ深刻でなくて、女性活躍や多様性尊重、ワークライフバランスなどが進んでいませんでした。
⑮要するに、製造業を念頭におくアナログ方式に合った社会インフラと慣行ばかりの時代でした。

電卓こそありましたが、ワープロ機さえ普及以前でした。まだ、そろばん、和文タイプ、無数の押印を求める紙の書類などが幅をきかす世界でした。顧客とも顔を見合って、ヒザ突き合せ、しばしば飲みながら商談するといった時代でした。当時は、日本型の働き方で世界に雄飛していたのですから、誰もがこうした働き方こそが常識だと思っていました。

そんなところに突然、今回のようなパンデミックがやってきたとしても、テレワーク(リモートワーク)が取り入れられる余地はほとんどなかったでしょう。社会経済活動は、完全にマヒしてしまい、私たちが経験した緊急事態宣言どころの悲惨さではなかったことでしょう。

40年前、ふところ具合のせいで都心から片道2時間以上しかも速達の配達区域外に住んでいた私は、仕事柄、可能なかぎり在宅で仕事をするようにしていました。パソコンもワープロもないまま手書きで原稿を作成し、至急必要な場合はとても高価だったバイク便を呼んで送ったり、海外へは大きな市の電報電話局まで行ってこれまた超高価な国際ファックスを使ったり、さらにかさばるものを急ぎ海外へ送るには1日仕事で東京駅近くの国際郵便局まで出向いて国際ビジネス便を利用したりしていました。

在宅勤務といっても、ほとんどがリアルかつアナログの世界の作業だらけなので、家で働くにしても、その利点は現在ほどではありませんでした。ちょっとした打合せのために都心まで往復4時間以上を使わなければならなかった時は、泣けてきました。

今のようなZoomやTeamsを活用したオンライン会議などは夢のまた夢。せめて仕事部屋にも固定電話がほしい、ファックスも欲しい、ワープロが欲しい、コピー機もあったら…などと、ささやかな要望を連れ合いに話すばかりでありました。

それから40年たった現在

ベストセラーになった『第三の波』刊行から30年近く経ち、スマートフォンが売り出された翌年、これからの情報通信(ICT)時代に子どもたちが生きるであろうことにあまり思いをはせなかったらしい30代の中学教員は、こんな投書をしていました(朝日新聞2008年6月1日朝刊「声」欄)。「先日職場でパソコンで掲示板を作成したり、メールのやりとりをしたりして情報を共有するための研修があった。初めこそ、講師の指示通りしていたが、途中から興味を失ってしまった。狭い職員室でパソコンでのやりとりが必要なのか、疑問に思ったからだ」 と。

それからまた10年以上たってみて、今回のコロナ禍でのテレワーク(リモートワーク)環境は、どうなったでしょうか。

テレワーク・インフラの整備では、まず技術面で、
①性能が画期的に上がったパソコンが安価になり、普及しています。
②インターネットを子どもから高齢者まで多くの人が使いこなしています。
③携帯電話どころかほぼスマートフォンに代替されています。
④安価なFAX付き電話機でさえも、まるで時代遅れの存在になっています。
⑤宅配便など個別配送システムのネットワークが張り巡らされています。
⑥会社業務の書類・資料は紙媒体から急速に電子化されつつあります。

つぎに仕事慣行の点で、
⑦日本的経営、日本的仕事慣行が耐用年数を過ぎたとして、もはや絶対視されなくなりました。
⑧対面コミュニケーションとオンライン・コミュニケーションの併用が進みました。
⑨個々人の仕事の守備領域をはっきりさせる「ジョブ型」雇用論も盛んです。
⑩プロセスや労働時間ばかりでなく成果で評価する方向が広がっています。

社会の動きでは、
⑪日本の学校教育における情報機器活用や情報教育の後れが厳しく指摘され、対応が進みつつあります。
⑫会社も学校もみんなが毎日、顔を合わせることばかりが当然かつ大切とは考えなくなってきています。
⑬在宅勤務に合わせた労働時間の法規制などが進んできています。
⑭少子高齢化は深刻な状況になり、女性活躍や多様性尊重、ワークライフバランスなどは必須となってきました。
⑮製造業よりもサービス業や知識産業を念頭におくデジタル社会向けのインフラと慣行が形成されつつあります。

しかし、テレワーク化が簡単には進みませんでした。その後も、コロナ禍以前ですが、ほんの4年前に、グローバル企業の社外重役をなさっている弁護士先生にテレワークにふれた著書を差し上げたら、「テレワークのこと、初めて知りました」といわれて愕然とした記憶があります。もしコロナ禍がなかったら、40年たってもなお、テレワークがはるかに進んでいなかったことでしょう。

これから40年たったら

今から40年後、2060年ころには、どんな社会が人びとを待ち構えているのでしょうか。

2045年にはAIが人間の能力を超えるというシンギュラリティー論や、雇用を機械システムが代替するとの指摘、少子高齢化がさらに厳しくなり人手不足対策にAIやロボティクスがむしろ歓迎されるとの見解、温暖化が進むとの議論、グローバル化の行く末の予測論など、どれも現時点ではまだ確かな見通しが困難です。

今から40年前には、その後10年ほどで日本経済が失速を開始することや、技術変化によるデジタル化がどう進むかなどを、ほとんどの人が正確に見通せなかったように、過去の経験からすると、私たちがこれからの40年後を確実に予見することもまた至難なことではないでしょうか。

40年後とは、今の若手社員がほぼ引退年齢に達する時期。現時点で30歳の人は70歳、20歳の人も60歳、やっと10歳の小学生でさえ50歳になるころです。そのころ、どんな産業が、どういった企業が、どの職業が隆盛をきわめ、逆に落ち込んでしまったり、消えてなくなったりするのでしょうか。そうした未来に向けて、人びとは何を準備しておくべきでしょうか。

現在進行形の産業や職業の交代を背景に、近年、相当数の企業が45歳以上を対象にした早期退職募集をかけています。やはり今後もそうだとしたら、40年後どころかもっと以前に、若手30歳の人にとってはあと15年、20歳の人でも25年で、早期退職を求められる年代に達します。

日本だけでなく海外でも、中高年の転職では、①仕事のうえでの独自の強みを積み上げておくこと、および、②人的ネットワークを形成しておくことが、何よりも大切だと指摘されています。

①仕事のうえでの独自の強みは、業務独占をともなう士業、師業などの専門資格ばかりでなく、情報通信技術(ICT)、AI、ロボティクス、バイオなどの分野の専門的な知識・技術技能・経験の蓄積、あるいはマーケティング、営業、財務経理、知財、総務などの業務におけるしっかりした実績や経験、そしてマネジメント能力など、さまざまです。普通の働く人にとっては、業界トップとか会社で一番といった水準に達していなくても、職場や周囲で一目置かれるという程度で十分に独自の強みとなります。

②人的ネットワークの形成でも、有力者の友人、知人をたくさん作らなくては、などと焦る必要はありません。「あなたとまた仕事したいね」といってくれる人の輪を社内外にどれくらいもっているか、何かと相談に乗ってくれたり親身になって支えてくれたりする人がどれほどいるかなどで、中高年の就業継続や転職はずっと楽になるとされます。

さらに付け加えるならば、中高年に限りませんが、いざ転職しようとすると、③誠実さ、謙虚さ、明朗さ、健康管理などの要素にも、転職先企業は注意するそうです。普段から不誠実、傲慢、陰険、健康無頓着といった印象を周囲に与えてしまう言動をとっていると、転職活動の際にも採用側が二の足を踏むことがあるかもしれません。

①の強みでは、仕事に真剣に取り組み、勉強し続ける姿勢が必要です。②の人脈では、チームワーク力への配慮が要ります。③の諸要素では、日ごろの心がけが大事です。要するに、「継続は力なり」という昔からの格言は、人生100年時代を生き抜くうえで、ますます大切になっていくものと思われます。

15年~40年後、どの業界の、どの企業の、どの職種が有望かを具体的に述べることはむずかしいです。でも、これら必要となる条件を意識して仕事に向かいあっていれば、働き手として市場で評価される就業力(エンプロイアビリティー)をつけていけそうだ、という予測はできましょう。

基盤となる能力に注意

思えば、学校教育ではずっと昔から、社会で生きていくうえで求められる「基盤的能力」が身につくよう、「知育・体育・徳育」という三要素の形成がいわれてきました。そして、知力を高める教育で高名な学校や、スポーツなどの体力を高める教育で有名な学校は、世間によく知られています。ですが、人間性・徳のある先生と生徒がいて社会関係を構築する基礎的能力の教育をすることで有名な学校のほうは、どうでしょうか。あまり知られていませんね。

知育と体育は、進学や競技の成績でそれなりに客観的な指標がわかります。でも、人間性・社会性をめぐる徳育は「定性的」なのでそうは簡単にいかないからです。周囲に関係者がいたり、一緒に何かを仕上げたりする体験をすれば、「あぁ、素晴らしいなぁ!」と感心し、よく理解できますけれども。

実は、指示待ち人間とならずに「前に踏み出す力」を身につけ、マニュアル人間とならずに「考え抜く力」を鍛え、一匹オオカミとならずに「チームで働く力」をつける体験を重ねるという3つの基盤的な力を意識し、これを育てる重要性を指摘する「社会人基礎力」は、主として最後の徳育に関係します。

近年、これらを意識した教育をする学校が着実に増えてきています。世界の教育動向も、こうした一般的な思考行動能力(generic skills)の強化を重視しています。急速な変化に直面し、従来の人材定義を見直しつつある日本企業では、従業員のIQ(知能指数)や目先の作業能力ばかりでなく、EQ(こころの知能指数)といった情感的な要素、社会性などについても、より配慮する流れとなってきました。

実際、EQを考慮することがなければ、多様性尊重、異文化交流などが実現できるわけはないからです。日本を代表するような大企業が、知力や体力ばかりでなく、「実行力と人間性」をより重視する方向に進んでいこうとしている動きなどは、その典型例だと思えます。

記憶力や多数ファクターの分析ではコンピューターにかなわないのが人間です。そうした私たちにとっては、今後も発達していく機械(AI、ロボティクス、ICTなど)を使いこなしながら、どんどん変化する社会経済の脈絡に対処していく能力は、今世紀に入って、ますます大切になってきています。

知育・体育・徳育といった基礎的な能力は、変化に対応していこうとする場合に不可欠な人生の基軸です。そして、「すぐ役に立つことはすぐ役に立たなくなる」となりがちな目先の知識やスキルばかりにとらわれることなく、社会人基礎力のような基盤となる能力を着実に伸ばしていこうとする習慣の形成こそは、将来のいざというときに、私たちを大いに助けてくれることでしょう。

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